インドネシア語の勉強
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- Nama saya // Albertus.名前 私 アルベルトウス
- Saya // berasal // dari Indonesia.私 来た☆ から インドネシア
- Saya//sedang belajar bahasa Korea// di universitas.私 ~中 勉強 言語 韓国 で 大学
- Universitas saya// ada // di Fuchu. 大学 私 ある で 府中
- Kampus universitas saya// indah sekali.キャンパス 大学 私 美しい★ とても
- Rumah saya// dekat//dari kampus. 家 私 近い から キャンパス
- Bagi saya// belajar itu // menyenangkan.とって 私 勉強 ってのは 楽しい
解説:
1.Nama saya // Albertus.
名前 私 アルベルトウス
インドネシア語は、日本語と異なって、「非修飾語」「修飾語」という構造を持っています。
* 「非」という言葉は、学問的に「ーされる」という意味で使われることが多いので、この段階でしっかりと覚えること。
* Buku (本「ブーク」)
saya (私「サーヤ」)
___________________________ +
buku saya (私の本「ブーク サーヤ」)
* 順番に気を付ければOK。
解説:
2.Saya // berasal // dari Indonesia.
私 来た☆ から インドネシア
インドネシア語には、「前置詞」というのはあります。基本的に「ーから」「ーへ」「-と」などの意味があります。「前」という言葉があるので、単語の「前」に来ます。
*授業では、「じゃあ、「後」に着くものなら、「後置詞」ですか」と聞かれたことがあります。勿論、あります。日本語や韓国語は、「後置詞」を多く利用する言語ですね。例えば、「私(は)学校(へ)行きます」の場合の「は」「へ」は、後置詞と分類されることが出来ます。ただ、国語学では、これらの「後置詞」を「助詞」と呼びます。
*(上級)「berasal」はなんで「来た」って訳されるんですか?datangじゃ駄目ですか?(答)datangも勿論良いのですが意味が広すぎます。「ある領域に入ること」もdatangですね。しかし、「berasal」という動詞は「所属」ツマリ「何処から派生するか」を意味するのです。少し難しい話ですが、
Manusia berasal dari tanah dan akan kembali ke tanah.
人間 来た から 塵 そして「未来」 戻る へ 塵
訳)人間は塵から派生して、そしてまた塵に戻る。
という有名な言葉があります。その時に「berasal」は[terbuat dari(から造られる)」という意味も持っています。
*ちなみに、 ber 接頭辞 + asal 名詞=berasal 動詞
また訳の分からない言葉がありますね!。(答)接頭辞は、英語で言うと、prefixです。文字通り、頭に接する辞です。最近、mission
impossibleという映画がありますね。実は、impossible
はラテン語に由来して、in(非・不)+possible(可能)です。inは、単語possibleにくっ付いて別の新しい単語impossibleを成しています。日本語も例えば、「ぶっ殺す」の「ぶっ」は「接頭辞」と分類する学者もいますね。
解説:
3.Saya//sedang belajar bahasa Korea// di universitas.
私 ~中 勉強 言語 韓国 で 大学
4.Universitas saya// ada // di Fuchu.
大学 私 ある で 府中
質問A://ってどういう意味ですか?
回答:イントネーションの区きりです。インドネシア語には、イントネーションが重要なことですね。確かに意味の違いにあまり影響はしていますが、
次の場合もあります。
oh,ya あ、そうでしたか?「oh begitu,ya」と同じ意。
oh,ya あ、そういえば、「会話している時に、思いついたことを話の流れに付け加えたい時に使用」
質問B:なるほど。では、sedangというのはなぜ「-中」ですか?他の教科書では、「ーしている」(進行形)とよく書いてありますが。。。
回答:いい質問ですね。sedangは、進行形の「~中・~している」だけでなく、サイズの「中」を表すことも出来ます。むしろ、そっちの方が由来だと思われます。一寸、上級向けの例文をあげますと、
Batere yang berukuran sedang.
電池 繋ぎ サイズする 中
訳)中サイズの電池
(今の段階では、yangのことを疑問に思っていないで下さい。とりあえず、「つなぎ」と覚えればいいです。 )
sedang は一応、「助動詞」と言います。位置は必ず「動詞」の前です。
質問C:一応と言いますと?
回答:sedangの正体を研究すればスルほど、単純に英語で言う「助動詞」とは異なります。まぁ、私の世界に入らなくてもいいので、とりあえず、世界の平和のために「助動詞」と思ってください。笑。
質問D:英語を長い間、勉強して来たんですが、上記のbahasa Koreaは、目的語でしょうか?
回答:結論で言うと、「目的語」ではない。その理由は、後で、詳しく勉強しましょう。で、私は「補語」と呼びます。インドネシア語では、
目的語と呼ばれるものは、主語にもなり得るのです。
例えば「また上級向け」
① Saya membeli buku.私は本を買いました。
動作主 動作 被動作主
② Buku (saya beli).本は(僕が)買ったのだ。
被動作主 人称動詞
多くの人は②を「受け身」と呼ぶが、私はその呼び方が好きではありません。これだけは、例え 世界平和を妨げるとしても譲りません。私は「便宜上の受け身」「人称動詞」と呼びます。なぜなら、インドネシア語は単純に
動作主 が文頭に現れたら、me-を使用します。
被動作主が文頭に現れたら、me-を取り、そのme-の部分に [saya,Anda,di-] などの人称を置く。
佐々木先生(赤い辞書を作っている大仙人)は、2の形は「ゼロ形」って言います。さすがに、大仙人だから、「受け身」の無茶な使い方は学習を妨げるのを分かっていらっしゃいます。
だから、この段階で、悩むべからず!
質問E:3と4ですが、3では、diは「で」という意味ですが4でがなぜ「に」という意味をつけられますか?
回答:
①.まず、Sさんが言う意味を考え直すべきです。それは意味ではなく「訳の値」です。一個一個の単語の意は、文や句に入れたら、その元々の意を失うことがあります。例えば、
机の脚(つくえのあし)の「あし」は、歩くためのものではなく、板を支える棒の意味です。これは、よく「比喩」に起きる現象です。
そして、ある言語では、全然普通に使えるのですが、他の言語に訳すと、悩みの種を生むこともあります。例えば、
庭にベンチがあります。
There is a bench in the garden(?)
There are benches in the garden(?)
というモノがあります。複数にするか単数にするか迷っていますね。でも、日本人は、気にしませんよね。こうやって、「意味」を使う時にとりあえず、気をつけること。
②.では「で」と「に」についてです。
基本的に、
「で」は「ある所である活動をする」時に使う[助詞」
「に」は「ある所にあるモノ・ことを設置する」
例題:
ア:大阪(で)大阪城を築いたのは誰だ?
a.豊臣秀吉(一緒に加わる可能性もあるから) b.大工
イ:大阪(に)大阪城を築いたのは誰だ?
a.豊臣秀吉 だけです。
インドネシア語の「di」は、「ある場所で活動する」と「ある場所に設置する」と両方とも使えます。
解説:
7. Bagi saya// belajar itu // menyenangkan.
とって 私 勉強 ってのは 楽しい
インドネシア語の構造
主語 + 述語
動詞 前置詞 追加情報
① Saya tidur di kamar.
私は 寝ます で 部屋
訳)私は部屋で寝ます。
しかし、追加情報は、文を成立するために、「無くてもいい部分」ですので、位置は、少し自由です。述語の一番大事な部分は、大体 前置詞の前にあります。従って、次のような構文も考えられます。
② (主語 + 述語)+追加情報
Saya tidur di kamar.
私は部屋で寝ます。
③ 追加情報 + (主語 + 述語)
Di kamar saya tidur.
部屋で私は寝ます。
上記の文は、
Bagi saya// belajar itu // menyenangkan.
とって 私 勉強 ってのは 楽しい
追加情報 +( 主語 + 述語)
と成ります。
質問1:主語のイメージは大体「人」ですけど、上記の文章は大丈夫ですか?
回答:大丈夫です。主語は、人でも事柄でも大丈夫です。ただ、インドネシア語の場合、主語の種類「動作を起こす者」「操作を受ける者」「対象」によって、出てくる形が様々なので、要注意!
質問2:英語の場合、動詞を主語に立てる時に、名詞化する必要がありますよね。例えば、上記の場合、study-ing か to
studyにしてから、主語にします。後、日本語の場合、「勉強するコト」か「-する」を外すかですね。
回答:インドネシア語の場合は、名詞化する必要がありません。確かに「名詞化する」ための「接辞」がありますけど、基本的に 「順番」で分かるのです。
主語 述語
Belajar itu menyenangkan.
To study is fun.
Studying is fun.
勉強するコトは 楽しい。
どんな「品詞」でも、主語に入ったら、必ず「名詞」になるという規則があります。
質問3:上記の文には、「itu」というのがありますが、別の本では、[その」としか書いてありませんが、どういうコトでしょうか?
回答:確かに、本を読むことは大切ですね。でも、市販に出回っている教科書は全てが良いとは限りませんからね。で、「itu」は確かにいわゆる「指示詞」(何かを指す)意味を持っています。しかし、会話の場面において、
itu は 相手に「新しい情報」を与えたり、物事を定義したりします。
主語+(情報提供の印)+述語+(情報提供の強調詞)
Saya itu orang Indonesia,(lho).
僕 ってのは 人 インドネシア(だよ)
僕 ってのはね、インドネシア人(なんだよ)
上記の文は、相手の誤解を解いたり、相手に自分の秘密などを明かしたりする時に使います。括弧の中は、ジャカルタ弁などによく出てきます。
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